
荒野の中で、わたしは道に迷っていた。ひび割れ、赤剥けの大地。草木もなく、起伏もない。生きるものの気配などまったくない世界で、ただ太陽だけが、わたしの真上、天空の頂点であまりにも強烈に輝いていた。
なぜわたしがそんな場所にいるのかって? それはこっちが聞きたいくらいだ。
だいたいわたしでなくとも、自分がなぜ今いる場所にいるのか、その理由を知っている人間なんてこの世にいるだろうか? あなたはなぜ生まれたのですかって質問と同じくらい難問だと思うけどね。
ああそうか、もしかしたらわたしは今この瞬間この状態で生まれたばかりなのかもしれないな。何かの物語を始めなければならない便宜上、わたしは今この地に生み出されたのだ。うん、これはなかなかちゃんとした理由ではないか。そんなことをちらっと考えた。
ともかく、今のわたしに分かっていることといったら、わたしが荒野にいるということと、道に迷っているということ、この二つだけ。
水が欲しい。食料も。それから、何でもいいからこことは違う風景、景色の変化が。喉は灼け、胃は飢え、眼球は何もないこの景色に飽き飽きしていた。全身で、わたしはうんざりしていた。とっても。
何でもいいよ、何かないのか?
そんなわたしの願いが通じたのかどうか。
遠くに、細長い黒い影が見えた。何かの棒のようだ。蜃気楼ではない……と思う。このような場所では遠近感がまったく掴めないのだが、おそらく3キロか4キロほど先ではないだろうか。
うんざりしながらも、わたしはそこへ向かって歩くよりほかはなかった。だってそれ以外にどうしようがある?
いや、わたしがそう訊いたからって、それ以外にどんな方法があるかなんてことを、わざわざ列挙してくれなくてもいいよ、もうわたしは行ってみることに決めたのだから。
近づくにつれて解ったことだが、それは高さ3メートルほどの木製の標識だった。朽ちかけてはいたが、いったいいつごろのものだろう? 古く見えるが、これだってそのような形でたった今出来上がったばかりなのかもしれないじゃないか。わたしはまだ自分や世界の存在に半信半疑のまま、標識の下に立った。
標識は埃と腐食とによって黒ずみ、角は擦り切れ、いつ倒れるかへし折れるかしてもおかしくないような状態ではあったが、かすれた文字がかろうじて読みとれた。つまりまだ一応標識の役目を果たしているわけであり、だからこそ荒地に突っ立ったこのただの棒切れを標識だと言うこともできるのである。
そこにはこう書かれていた。
「旧北極点」‥‥‥。
これはいったい冗談だろうか。標識というのは本来、役に立つ情報を提供して道案内を務めるものであるはずが、これでは何の意味もない。わたしが知りたいのは、今現在わたしがどこにいるかなのであり、それ以上に知りたいのはどこへ行けばいいのかということなのだ。これでは何もわからないのと同じじゃないか。
だがまた、こんな荒野のど真ん中でいったいどんな標識が役に立つのだとも思う。もしかしたら、これはこれでいいのかもしれない。それにしてもここが昔北極だったとはねえ。本当だろうか。やはり嘘かもしれないな。
しかしほかに信じるべきなにものもないわたしは、ひとまずここを旧北極点だと信じてみようという気になった。やはり人間は、たとえたったひとつでも、何か信じるものの有った方がいいだろうと思ったのだ。
それがどんなに役立たずのものだろうと。
かつてここは北極点だった。それがどのくらい前のことかはわからないが、ここは地軸の一方の極だった。
では当時は、ここからどこに向かおうと南だったわけだ。つまり、もしわたしがその当時ここに立っていたならば、これから自分がどこへ向かおうと、その方向を明確に答えることができたということだ。誰に質問されようと、わたしは南へ向かっているのだとはっきり言い切れたのだ。あるいは誰に訊かれなくとも自分自身に対して解答することができたのだ。
でも今は?
わたしは答を奪われてしまった。
わたしは途方に暮れた。
結局、わたしはいまだ荒野の中で道に迷っているのであり、この状態に何ら変わりはなかった。
太陽は相変わらずわたしのちょうど真上、空の一点に頑固に位置して、まるで動いてない。だから影らしい影さえない。方位など最初から失われているに等しい。
そう、方角なんて最初から無かったのだ。ならば、ここがどこであろうと、何も気にすることはない。
わたしは自由だ、そう思った。わたしがどこへ向かおうと、どこへ向かっているのかを確認する外的な物証は何も無い。また、わたしがどこへ向かおうと、そこへ向かわなければならない外的な理由も無い。すべてはわたしの気まぐれな意思ひとつにかかっている。
わたしは自由だ。わたしに何かを要求し、わたしを束縛しようとするいかなる権力の軛も他者とのしがらみも存在しない以上、これは究極の自由だ。
そうじゃないか?
わたしは周囲を見渡した。全方位が同じ景色をしていた。そして相変わらずわたしの喉は乾き、胃は空腹できりきりと収縮し、それ以上にこのどこまでも延々と続いている起伏も変化も認められない光景に、わたしの全体がうんざりしていた。相変わらず。
だが今、わたしはわたしの自由に懸けて、歩き出さねばならなかった。
歩き出すためには、どっちへ向かうのかをわたしは決定しなければならなかった。
周りはどこもかしこも同じ。どこへ向かおうと同じだ。どこへ向かおうと同じ? そうか。Eureka!
わたしは今、わたし自身が北極点であることを知った。
そしてそれが、わたしがなぜこんな場所にいなければならなかったのかということの答でもあった。
こうしてようやく、わたしは、架空の南へ向けて足を踏み出した。
END
(1999)