
ハロー、みなさん! ハッピー・ニュー・イヤー!
いやそれにはまだ少し早すぎるかな。それとももう遅いかな。ちょっと時間がずれてしまったりすることもあるから。
ぼくらはまだこの問題を解決できずにいる。見るだけなら何の問題もないのだが、送信しようとすると多少過去に飛んだり未来に飛んだりするみたいなのだ。
まあ不安定だけど、それほど滅茶苦茶ずれるわけでもないようなので、構わないだろう。
もしリアルタイムで送信が成功したら、本当はメリー・クリスマス! って言うところなんだけど、たぶんそうはならないはずだ。

実は明日、ぼくの命日を彼女と二人きりで祝おうということになった。
ぼくも彼女も幽霊だ。つまり、命日はぼくらが生きていた頃の誕生日ってやつに該当する、あの世に死を受けためでたい日ということになる。
(それがキリストの誕生日と一緒なんて、ちょっとした偶然だろ?)
ぼくらの能力でかき集められるだけの空気をかき集めて(もっともそれは金魚でさえ一分ともたずに窒息してしまうような非常にわずかな量にしかならないけど)振動させ、歌いまくるだろう。
ハッピー・デス・デー・ツー・ユー♪ あなたが死んでくれて良かった!
歌い終わったら、その次は‥‥‥さてどんなことになるのだろう。
これはぼくにとっては初めての命日だ。ぼくが死んでから明日がちょうど一年目。どんなことになるのかもう今から楽しみで待ちきれない。うきうきそわそわ。これが生きている頃だったら、きっと仕事も何も手につかないだろうな。今も隣に彼女がいるのだけれど、命日に何が待っているのか全く教えてくれないのだ。
いてもたってもいられない。何かしていないとどうも落ち着かない。といって何か集中してできることがあるとも思えない。
それで今日は、前夜祭というわけで、かねてから試してみようと思っていたちょっとしたイタズラをすることにした。これなら、それほど集中する必要もないし気も紛れそうだ。
つまりそれがこの「幽霊レポート」ってわけ。あなたも楽しんでくれるといいけどな。
死んだも同然、生きたも同然、どっちにしろ同じことさ(らしい)。

死んでからわかったんだけど、幽霊って、お金や食べ物や暑さ寒さなどの物理的な苦痛から逃れて、とっても自由で楽しい存在なんだ。
だがみんながみんなってわけでもなくて、その幸福に預かれない一部の幽霊もいる。
親切に教えてあげることもできない。なぜなら彼等には、他の幽霊の姿が見えないし知覚できないからだ。
ぼくらの体はアストラル体という非常に希薄な(殆ど無いも同然の)物質からできている。そのため、ぼくら同士でもお互いの姿をはっきりと見ることはできない。だから見ると言うよりも、ぼくらはそれぞれの精神に直に存在を感じとる。ところが、閉鎖的になるとそれができない。
生きていた頃とは感覚器官の使い方が違うのだが、そのことに気付いてくれないのだ(といっても、実際にそんな器官はないから余計に難しいのだが)。向こうで気付かない限り、ぼくらには手の出しようもない。
一方、好きこのんでわざとそうしている連中だって中にはいる。それはそれで面白いのかもしれない。
孤独じゃなきゃ幽霊っぽくないじゃん、というわけだ。
さっき夢を見た。宇宙に飛んでゆく夢だ。
夢は、なかなか興味深い内容だった。でも、宇宙空間は少々退屈。
ぼくはまだまだ地上に縛られていて、現実には宇宙に飛び出していけない。アストラル体が真空にも耐えられるくらい強固に連結していないと、すぐに雲散霧消してしまって、何にも残らないのだ。宇宙に飛び出しても平気な体になるには何百年もかかるらしい。
今すぐ宇宙に飛び出したって死ぬわけじゃないけど、面白いことじゃない。永遠の退屈ってわけだ。ぼくはまだ退屈するほど人死(人生とは言わないんだよ)を楽しんではいないから。
幽霊だって眠る。いったい誰が、幽霊は眠らないなんて言ったんだ? それは嘘だ。幽霊だって眠りたいときは眠るのだし、夢だって見る。
地球の重力圏内なら、どこへだって好きなところへ自由に行ける。一瞬のうちに地球の裏側に飛ぶこともできるし、気が向けば海底や噴火口や地球のコアにだって行ける。地球のコアは温度が四千度もあるけれど、アストラル体には影響はない。とはいえ、そんなところに長くいてもあんまり気分のいいものではない。退屈だ。一回見ればそれでもう充分。ぼくはやはり生者のいる場所をうろつく方が面白い。
どこにでも行けるけれど、複数の場所に同時に存在することは幽霊でも不可能。それにやっぱり、光速より早く移動はできない。ただ、時間の流れ方が違うから、現世から見るとぼくらは光速より早く移動できるように見えることもある。
そうそう、幽霊になったアインシュタインが、なるほどって頷いたっていう噂があるよ。

ぼくが生きていた頃は、眠ることと読むことはとても楽しみだった。だから、死んでからも、眠れたり読んだりできるとわかったときには、もう最高に幸せだった。
もっとも読むことの方は、これは生きている人間がページをめくってくれない限り、ぼくにはどうしようもない。だから時々ぼくは幽霊のくせにいらいらする。
(ねえ、もしあなたが夜中、部屋の中で本を読んでいるとき、背後に何かの気配を感じたとしても、あまり気にせずページをめくっていって欲しいな。きっとあなたの背中の幽霊だってそれを期待しているに違いないんだよ)
幽霊はいらいらなんてしないものよと彼女は言う。なぜかぼくはまだ、生きていた頃のせっかちな癖が抜けていないらしい。ここでは彼女はぼくの先輩だ。ぼくは彼女の言うことを信じて、できるだけいらいらしないように努めている。
でも、そういう(生きている)人間くささがまだ抜けきっていないところがかわいいんだけどね、と彼女。ごめん。幽霊だってのろけることはあるのだ。
彼女は時々、(生きている)孤独な男たちの夢の中に紛れ込んで、彼等を慰めてあげるらしい。どうやって慰めるのか。あまり詳しくは聞かないことにしているから、よくは知らない。詳しく聞いてしまうと、ちょっと嫉妬しそうな気がするからだ。幽霊でも嫉妬するのか? たぶんするのだ。
他人の夢の中に入ったら、きっと面白いだろうな。しかし、ぼくにはまだそんな芸当はできない。今のところぼくにできることといえば、夜中に誰かの首筋をスウッとなでてやることくらいだ。これは最初のうちは面白かったが、今ではもう飽きてしまった。

世界が滅んだら、さぞ退屈になるだろう。
生きている頃は、未来がどうなろうと知ったこっちゃないさなんて思っていた連中が、死んでからは非常に後悔しやきもきしている。この先途方もなく長い時間を、もし「現世」を眺めるという楽しみが奪われてしまったら、いったいぼくらはどうやって退屈を紛らわせばいいというのだ? もう少し人類が長持ちしそうな工夫をすれば良かった。そんなこと言ったってもう遅いよ。
人生にテレビが必要なように人死にも現世が必要なんだと、生きていた頃テレビっ子だった彼女は言った。人生にテレビが必要かどうか、ぼくは敢えて彼女に反論はしなかったが、人死に現世が必要だというのは、かなりの幽霊にとっては真実である。
なかには、人間がいなくなっても別の種の生き物がいさえすれば、そいつらを眺めて過ごせばいいじゃないかという意見のものもいる。
だが人間じゃない生き物を見て面白いだろうか。面白いかもしれないけれど、生きている人間たちのすることを見ているほど面白いだろうか。どうかな。
でも、人間がいなくなったら、しかたなくぼくらは人間のいない現世を眺めて退屈を紛らわすことだろう。

生者死者を問わず、他の種の連中について、見ていて人間ほど面白いと思えることはあまりない。
たとえばここには、現代の生き物たちの幽霊のみならず、恐竜の幽霊や三葉虫の幽霊だって、とにかく「この世」に生まれて死んでいったありとあらゆる生物の幽霊がうじゃうじゃいるけれど、滅多に交流はない。できないのだ。
更に言うと、ある他種の幽霊について、これは恐竜の幽霊だとかこれは三葉虫の幽霊だとか言い当てるのは、よほどの専門家じゃないとかなり難しい。ぼくから見れば、人間の幽霊じゃないものはみんな「わけのわからないものたち」としか呼びようがない。だって姿形では区別がつけられないのだから。
もっともたまに、犬とか猫とかで、かろうじてそれとわかるやつもいることはいる。生前はかなり人間に近かった者達だ。距離が近いというだけじゃなくて、感情や生き方がということ。人間に飼われていた犬や猫でも、死んでしまうともう全然「わけのわからないものたち」になってしまうやつが大半である。
もちろん興味を持って調べ続ける学者もいるけれど(生物学者とは言えないから、幽霊学者)、ごく少数だ。大半のものにとっては、まず他の種の幽霊なんかに何の興味もない。
死んでしまってからだって恋をしたいものだっている。むろん、もう恋だの愛だのまっぴらごめんというものもいる。お好きにどうぞ。誰でも勝手気ままにやって特に文句も言われない。ついでに言えば、相手が人間の幽霊でなくたって構わないのだ。ぼくにとっては人間以外の幽霊は「わけのわからないものたち」だけど、ある人にとってはそのどれかが唯一無二の恋愛の対象であることもある。ともかく、お好きにどうぞ、なのである。
いったい死んでしまっているのに恋愛なんて何が楽しいのとある中年女(むろん生きていた頃に中年女だったということ。いや、より正確に言えば、死んだ時期がってことだけど)がぼくに尋ねた。その女は恋愛とセックスを同一視しているから、もう楽しめないのだ。いや、セックスも悪くないんだけれど、さすがに死んでしまってはもう楽しめないからね、早いところ忘れた方がいい。
それに本当は、幽霊同士の恋愛には、セックスよりももっとすごい快楽があるのだが、その女はまだそれを知らないのだ。幽霊としては、まだバージンというところ。
もしまたその女に会ったら、今度はぼくの彼女との幽霊同士の愛の営みというやつをその女に見せてあげようと思っている。
死んで長く経たものたちは、もう生きていた頃の記憶をすっかり忘れてしまって、自分が男だったか女だったかも覚えていなかったりする。もうどうでもいいことなのだ(らしい)。まあ実際のところ、幽霊に性別など必要ないのは事実だ。ぼくも生きていた頃を引きずって基本的には男だということにしているけれど、時々は女になってみたりもする。いつかはきっとぼくもどうでもいいことになるのだろう。
当然、異性愛とか同性愛とかはぼくらにはない。
それに時間感覚もなくなるらしい。そうなると、一秒も百年も関係なくなる。これも、もうどうでもいいことなのだ(らしい)。
ぼくと彼女はまだそうじゃない。一日の長さは、まだ生きていた頃とそれほど食い違ってはいない。ただ先にも書いたように(それとも後に書いたように、かもしれない)時間の流れ方が微妙に違うので多少ややこしいんだが、ともかくぼくらの感覚では、一日分の長さはまだ「この世」の一日分の長さと変わらない。ぼくらは二人とも死んでから日が浅いし、「この世」にも「あの世」にも知らないことはいくらでもあるから恋愛だってしてみたいのだ。
便宜的に「あの世」と書くけれど、もうぼくらにとっては「あの世」ではないんだけどね。それに「この世」がそれほど手が届かない世界になったというわけでもない。別に境界があるわけじゃないんだ。ぼくとあなたとはそれほど遠い存在ってわけではないんだよ。
「この世」も「あの世」も、今のぼくらにとってはただ単に「世界」なのだが、それじゃ話がますますややこしくなりそうだから一応分けておくことにする。
便宜的に「現世」と書くこともあるけれど‥‥‥。
死んで長く経たものたちは、退屈もしなくなる。もし「現世」というテレビが見られなくなったら死ぬほど(もう死んでいるけど)退屈するだろうなどという心配も、彼等にはない。人類が滅びようがどうしようが、もうどうでもいいことなのだ(らしい)。
ただ、そんな風になるには、相当死んでから時を長く経ないといけないので、まだまだ死んで間もないぼくらにとっては、退屈ほど恐ろしいものは他にないのだ。これは比喩ではない。

そう、死んで長く経たものたちは、ぼくにとっては「わけのわからないものたち」と同様に区別がつけられなくなる。もう彼等にとっては自分が人間だったということもまたどうでもいいことなのだ(らしい)。そこまで達観するにはいったいどのくらい長く経なければいけないのだろう。
ブスもチビもハゲもデブも貧困も人種も出身地も関係ないというのはいいことだ。それに性別も。
生きていた頃の記憶はまだ残っているけれど、もうこだわりはない。今は人死を楽しむことで頭がいっぱいだ。と書いたからといって、ここが頭だと確実に指摘できるような部位はもちろんアストラル体にはない。
ユートピア、デストピア、つまりそういうこと。
ここは、暗くも冷たくも寒くもないのだけど、そう思いこんでいる連中もいる。だってほら、そのほうが雰囲気出るじゃない? ぼくはごめんだけどね。
どうやってこの報告書を、きみたちまだ生きている読者の目に触れさせることができたのか。実はちょっとしたコツさえ掴めば、ぼくたち幽霊はコンピューター・ネットワークに簡単にアクセスできるということがわかったんだ。たいした労力も必要とせずにね。それでこうして、適当に選んだ人のIDを使って書き込んでいるというわけ。まあ、ちょっとした気晴らしみたいなものだ。
今ちょうどぼくらは、TLくんの慌てぶりを見物しながら、二人でげらげら笑っているところだ。自分の書いてもいない文章が勝手にUPされているのを発見して、彼は殆どパニックになっているよ。あ、とうとうコーヒーをキーボードの上にぶちまけてしまった。あーあ、見ちゃいられないや。あはははは。
TLくんってのはもちろんこのWEBの管理者Tail-Lagoon氏のことだけど、親しみを込めてぼくらはTLくんと呼ばせてもらおう。彼はぼくたちのことを知らないはずだけどね。
それにしても、ハッピー・ニュー・イヤーってのはあまりにも見当違いだったな。ちぇっ。
そうそう、今ぼくがこの報告書をまだ書いている途中なのに、既にそれがUPされていてTLくんが読んでいるのは変だって言うんだろ?
何度も言うけど、「あの世」と「この世」じゃ少しばかり時間の流れ方が違うんだ。だから、ぼくがまだ仕上げてもいない報告書がすでに「この世」ではUPされているなんてことも起こりうるわけ。ぼくにもうまく説明はできないけれど、そういうこともあるのだと思って納得して欲しい。
かといって、決して「あの世」は時間がむちゃくちゃになっているわけじゃないよ。ちゃんとそれなりに秩序はあるのだ。ただそれが、少しだけ「この世」とは違っていて、「この世」からすると行ったり来たりの振幅が激しいように見えるけれど、決してそういうことじゃないのだ。だが伝えるのは難しい。ともかく、そういうものなのだ。死んでみればわかることさ(だからといって今すぐ実行しろと勧めているわけじゃないからね)。
TLくん驚かせてしまってごめんよ。でもできればこの書き込みは消去しないでもらいたいな。あの世からのささやかなプレゼントなんだから。それに、きみさえ良ければこの文章の著作権もきみにあげるよ。ぼくらには必要ないからね。仮にきみが、この話を書いたのは自分だって公言しても、ぼくらは全然怒ったりしないよ。約束しよう。まあ他人の文章を自分のものだと主張することについて、きみの良心が痛まなければの話だけど(たぶんきみはそんなこと気にもとめない筈さ。きみがそういう人間だということをぼくらはよく知っているんだ。ぼくが書いた証拠は何もないわけだし)。それでも一応ぼくは、これがぼくという一人の幽霊が書いたものだということを主張はしておくよ。あとは、きみも読者の方々も信じようと信じまいとどうぞご自由に。
おい、TLくん、今きみの独り言を聞いたぞ。こんな駄文の著作権なんかもらっても腹の足しにもなりゃしねえだって? まったくきみというやつは‥‥‥。
あのなあTLくん。ぼくらがきみのIDを借用したのは悪かったが、しかしそれはきみが適当だと思ったからだ。もちろん「適当」というのは、「手抜き」という意味じゃないよ。第一ぼくらには手などないから抜きたくたって抜けやしないのだ。だから少しはぼくらがきみを選んだということについて光栄に思ってもらいたいものだ。もっとも、なぜきみを選んだかという理由を書くと確実にきみを怒らせるだろうから、それはここには書かないけどね。
また気が向いたら、今度はきみにメールでも送るよ。その時は誰のIDを使おうかな。でも注意したまえ。変なメールを送りつけるななんて怒って返信したりしないように。相手は全くちんぷんかんぷん、濡れ衣を着せることになるから。それじゃあぼくらとしてもその人が気の毒だからね。
不要な諍いを起こして、それを見て楽しむって手もあるんだが、いやいや、ぼくはそれほど意地悪じゃないよ。そういうことをして喜んでるやつもいるみたいだけどさ。
見知らぬ人や、あるいは見知っている人からのメールでも、ちょっと奇妙な点が目に付いたら、もしかしたらそれは冥界から送られてきたメールじゃないかと疑ってかかるようにしたほうがいいだろう。
もっともこう書いても、本当にきみにメールを送るかどうかはまだわからない。幽霊ってのは、かなり気紛れなんだよ。
便宜的に「冥界」と書くことも‥‥‥しつこいかな?
みなさん、ちょっと支離滅裂な部分もあるかもしれないが、幽霊ってのは本来そういうものなのだと理解して欲しい。この文章も、これでもかなり気を使っているのだ。ぼくらの通常の会話や思考なんて、とても生きている人たちにはわかってもらえないだろう。
それにサイバースペースを経由するときに、これも先に書いたことだが(それともやはり後かな)、時間がずれるために、ところどころ文章の順番も狂ってしまうようだ。つまりますます支離滅裂になる可能性が高い。
だがぼくとしてはかなり注意深く書いている(信号を送っている、ということだが)ので、まったく理解不能ということにはならないと信じている。
まあ仮に理解不能でぼくの作業が無駄になってしまったとしても別に惜しくはない。もうどうでもいいことなのだ(らしい)。あ、(らしい)じゃなかったな。今のはちょっと変かもしれない。

ああ、そうそう、TLくんならびにこれを読んでくれた方々に忠告。死ぬとこんなに楽しいことが待っているからって、早く死のうなどと考えちゃいけない。
生きているときにだって、それなりに楽しいことがあるはずだし、第一誰も彼もが死んでしまったら、ぼくらは現世という楽しいテレビ番組を失ってしまうことになる。きみたち、他人事じゃないんだぜ。
END
(1999)